古隅田川の痕跡

時々外観パースの添景に使用する樹木の写真を撮影しに公園や緑の多い場所や街路樹を探しに出かけています。撮影した樹木をペンタブレットで背景を透明に切抜いた後イラスト風に加工して完成させます。こうして10数年前より作り続けた樹木切抜き画像は鉢植え観葉植物、灌木、中木、高木など既に800点を超えました。

樹木素材を探していたところ割と近所に親水緑道を発見しました。橋のたもとにある柱を親柱と言うそうですが、親柱の橋名板に古隅田川と書いてありました。こんな細い川が隅田川?不思議に思いネットで関東を流れる河川の歴史を調べていたら、凄い土木工事が行われていた事が次々と分かりました。

江戸時代と現在では河川の流れが大きく違っていた様です。秩父から流れて来た荒川や群馬の奥から流れ出る鬼怒川、利根川、江戸川、中川などは徳川家康が江戸に入府してから大改造していました。その痕跡の一部が東京に今も残っています。江戸時代に江戸に流れ込んでいた利根川の河口は現在の荒川河口です。昭和6年に荒川放水路が完成した事により中川が分断され中川の流れが変わりました。分断されたもう一方の川は旧中川という名で江東区に現存しています。今の旧中川は河川では無く長い池といった感じです。

17世紀末頃、江戸の洪水対策で幕府が利根川(現中川)から分岐していた隅田川を葛飾区亀有付近で遮断しました。時代を経て川は枯渇していき現在の流れに成りました。
その枯渇した隅田川の一部が今でも現存しています。写真は幻となった古代隅田川の痕跡です。現在は鯉が泳ぐ親水緑道になっています。

因みに現在の利根川は三代目二代目は現在の江戸川です。

【参考サイト】国土交通省 関東地方整備局
https://www.ktr.mlit.go.jp/edogawa/edogawa00222.html

古隅田川の痕跡1
古隅田川の痕跡1
古隅田川の痕跡2
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古隅田川の痕跡4
古隅田川の痕跡4
古隅田川の痕跡3
古隅田川の痕跡3
古隅田川の痕跡5
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古隅田川の痕跡6
古隅田川の痕跡6
古隅田川の痕跡7
古隅田川の痕跡7