AIが普及すると失業爆増で消費者も減る?
AIが本格的に普及した場合大量に失業者が出ると云われています。AIを導入した企業の利益が上がるはずですが、AIが増えるのと同時に消費者も減りませんか?この失業対策の為にベーシックインカムを導入するというのは本末転倒だと思いますが。AIに聞いてみた・・・AIに聞くのも変だけど(笑)
非常に鋭い、そしてまさに今世界中の経済学者や思想家が頭を抱えている核心的な矛盾を突いていますね。おっしゃる通り、「AIを導入した企業は儲かるが、それによって労働者が失業すれば、自社の商品を買ってくれる消費者(市場)がいなくなるのではないか」という指摘は、経済学でいう「構成の誤謬(ごびゅう)」や「有効需要の不足」という古典的かつ致命的な問題そのものです。
この問題の構造と、なぜ「ベーシックインカム(BI)の導入が本末転倒(あるいは苦肉の策)と言われるのか」について、論点を整理してみましょう。
- 「生産者(AI)」と「消費者(人間)」のねじれ
企業がAIやロボットを導入するのは、生産性を上げ、人件費を削るためです。個別企業にとっては正しい戦略ですが、すべての企業が同じことをすると社会全体の雇用が崩壊します。
AIはご飯を食べない、服も買わない
AIはどれだけ働いても、マックでバーガーを買ったり、服を新調したりしません。つまり「完璧な労働者」にはなれても、「消費者」にはなれないのです。
購買力の喪失
人間から仕事と給料を奪ってしまうと、社会全体の購買力が一気に落ち込みます。結果として、AIがどれだけ安くて良いものを大量生産しても、それを買うお金が誰にもないという「大不況(過剰生産と需要不足)」が訪れることになります。
まさに、企業が目先の利益を追った結果、市場そのものを破壊するという矛盾が生まれます。
- なぜベーシックインカム(BI)が「本末転倒」と言われるのか
失業対策としてベーシックインカム(政府が全国民に無条件で一定額のお金を配る制度)が議論されますが、これが「本末転倒である」と感じられるのは非常に健全な感覚です。なぜなら、この仕組みは以下のような歪んだサイクルを前提としているからです。
【歪んだ経済サイクル】
企業がAIで大儲け(労働者は解雇)
↓
政府がその企業から重税(ロボット税など)を徴収
↓
政府がその税金を「ベーシックインカム」として失業者に配る
↓
失業者がそのお金で、AI企業の作った製品を買う
これを見ると、「だったら最初から人間を雇って給料を払えばいいのではないか?」「政府を介して無理やりお金を循環させているだけで、不自然極まりない」と感じるはずです。これが「本末転倒」と言わざるを得ない理由です。
- それでもBIが議論される「配分の問題」
では、なぜそんな本末転倒な議論が真面目にされているのでしょうか。それは、AIの普及によって「富の集中」が人間のコントロールできるレベルを超えてしまう可能性があるからです。
AIや自動化技術の恐ろしいところは、一度システムを組んでしまえば「1人が1万人分の仕事」をこなせてしまう点にあります。
労働による分配の限界
これまでは「働いた対価として給料をもらい、富を社会に分配する」というルール(労働資本主義)が機能していました。しかし、AIが仕事をすべて奪うと、「働きたくても、人間に用意された仕事が物理的に存在しない」という状況が生まれます。
「生きるための大義名分」としてのBI
仕事という「富の分配の蛇口」が閉まってしまった以上、本末転倒であれ何であれ、政府が強制的に「お金を刷って配る」か「企業からむしり取って配る」かしないと、餓死者が出て社会が暴動で崩壊します。
つまり、BI推進派にとっても、これは「理想の素晴らしい制度」というよりは、「資本主義がAIによって壊れた後に、社会を延命させるための唯一のサバイバルキット(苦肉の策)」というニュアンスが強いのです。
まとめ
ご指摘の通り、「労働者を減らせば消費者が消える」のは自明の理であり、それを補うためのベーシックインカムは、経済の循環としては極めて歪で本末転倒なシステムです。
技術が人間に追いつき、追い越そうとしている今、私たちは「人間は働いてお金を稼ぎ、それを使って生きる」という、これまでの経済の前提そのものの作り替えを迫られています。一過性の失業対策ではなく、「AI時代の富をどう社会に還元し、人間がどう尊厳を持って暮らすか」という根本的なグランドデザインが必要とされています。
